自己紹介-②(インテリアコーディネーターになるまで(前編))

こんにちは。インテリアコーディネーターの渋谷由果利です。

前回は、簡単ではありましたが、出身や家族構成を紹介いたしました。
今回は私がインテリアに興味をもった経緯をお話していこうと思います。

ご興味があればぜひお読みください。

私が最初にインテリアという分野を知ったのは小学生3年生頃です。
妹が産まれ、我が家は小さな家だったので、もっと広い家を建てようと父と母が決意。
大手ハウスメーカー住宅展示場を訪れ、私も一緒にくっついて見学したのが初めてです。

それまで自分の家、友達の家ぐらいしか知らない私は、住宅展示場に行き、部屋の可愛さにびっくりした記憶があります。子ども部屋はピンクの壁紙が張られ、上部から光が差し込む天窓。
これまでに見たこともない素敵な部屋が目の前にあって、その部屋の写真の掲載されたメーカーパンフレットをもらって喜んでもらって帰った記憶があります。

その後、父と母はきっと何か所かのハウスメーカーから、絞って決めたのでしょう。
躯体の工場見学にも行きました。そこで、どうやって家が作られるとか、こんな構造だから、地震に強いとか勉強させてもらって、父はそのハウスメーカーと契約しました。
そこから家づくりが始まり、打ち合わせに、私は毎回父にくっついていきました。

打ち合わせのないとき、父と私は図面とパンフレットを見ながら、レゴブロックで、本物そっくりの家のミニチュアを作って遊びました。(今考えると、素人の父、絵も上手だったし、すごい器用だったのですね。)

そして週末には家を作っている現場もよく見に行きました。

家の外形が出来上がった頃、インテリアを決定するべく、壁紙のカタログや床材サンプル、カーテン生地のサンプルを持ったお姉さんが打ち合わせに来ました。(きっとそれが、インテリアコーディネーターさんだったのでしょう)
優しいお姉さんは、子どもの私にも触らせてくれたんですよね。そして、父も、好きなの選んでごらんって言ってくれたので、調子にのっていましたね。
カタログも破れるほど写真を眺めていたし、生地見本を見てはどんなイメージになるだろうと想像をしていました。

これが、今考えるときっと私のインテリアに目覚めた原点だったと思います。

でも、そこからすぐにインテリアコーディネーターになるぞ!
とは思いませんでした(笑)

中学生の卒業アルバムには、恥ずかしながら、スチュワーデス(現客室乗務員)になる!って書いてありました。
客室乗務員の夢は、身長が高くないとなれないよ!とか英語が堪能でないと!とみんなに言われ…、あえなく小中学生の夢は高校生前半で消えました(笑)。

夢が消えた私も、進路を考えなければいけない時期となりました。そこで建築・インテリアがよみがえるのです。
高校の美術の時間に見せてもらった、アントニオガウディのビデオ、それが私の進路の決定打になったのを覚えています。美術、技術が得意だった私は、すぐに美術の先生に聞きました。「美大に行って建築とか学ぶのありですか?」「ありだけど、、、今から美大を受験するとなると、一年浪人は覚悟かな…美術の予備校にも通わなきゃだめかな…」

えー😰浪人なんて無理ぃ~。両親にも相談してみたけれど、やっぱり答えはNO。

そこから、必死に進路を考えました。建築・住居・インテリア、学べる大学はいくつもあったけど、
都市や橋をつくる工学系、なんか私の考えるのと違うな・・・住居、住まい方。建築学。
そこで、住居学科、生活デザイン科なんていう科のある大学を見つけました。

そして、縁あって、三軒茶屋にある昭和女子大学短期大学部へーそこから更に縁あって、昭和女子大大学部へ
計4年間、女子大学生として建築・住居を学んだのでありました。

次回につづく


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